ブックタイトルモットヨッカイチ 2015年9月号 四日市 菰野 川越 朝日 地域情報 イーモット

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概要

モットヨッカイチ 2015年9月号 四日市 菰野 川越 朝日 地域情報 イーモット

15 一般的に言われるパトカーとしては、地域警察活動に使用する無線警ら車及び小型警ら車、並びに交通取締活動に使用する交通取締用四輪車があり、警察庁では、平成15年度末現在で全国に約7,900台のパトカーを整備しています。 歴史的に言えば、日本の警察にパトカーが導入されたのは、昭和25年6月に当時自治体警察であった警視庁に初めて3台の無線警ら車が配置されたのが最初とされています。 パトカーの外観上の一番の特徴である白黒ツートンの塗装については、昭和23、4年頃、自治体警察の一部にジープ等の車両の全体を白色にしたものが見られたものが、未舗装道路がほとんどであった当時の道路事情からくる車体の汚染が激しかったことから廃止され、自治体警察であった警視庁が米国のパトカーを参考にして在来の黒色セダン型車両を基本に白黒ツートンを採用し、昭和30年には全国的に統一され、現在に至っています。  また、赤色警光灯やサイレンについても一般通行車両からの視認性等の観点から順次改良を加えてきており、赤色警光灯については、当初の集光式のものから円筒型の回転式警光灯の時代及び棒形の散光式警光灯の時代を経て、現在のV型(ブーメラン型)散光式警光灯に至っており、サイレンについては、当初はモーター式であったものが現在ではアンプ式になっております。〈パトカーの沿革〉 交通指導取締活動に用いられる自動二輪車は、「白バイ」の愛称で国民の間で定着しており、その機動力を活かした交通指導取締活動はもとより、マラソン大会の先導、二輪車安全運転教室等の交通安全教育の場においても幅広く活躍しています。 「白バイ」の歴史は、大正7年に警視庁で導入された交通取締用の自動二輪車に始まります。当時は、その塗色が赤色であったことから「赤バイ」と呼ばれていましたが、昭和の初期、ヨーロッパにならって塗色を白色に変更したことから、その愛称も「白バイ」となり、現在に至っています。 現在使用されている「白バイ」は、現代的なスタイルになるとともに、排気量も800cc以上に大型化され、車両の側面及び後部に赤色灯を配置するなど、機能的な充実が図られています。〈白バイの歴史〉▲昭和25年/発足当時のパトカー▲昭和40年頃の四日市南署▲昭和41年頃の四日市北署▲昭和35年頃の白バイ▲昭和31年頃の警察車両見学▲昭和29年頃のジープ▲昭和29年頃の菰野署▲昭和39年頃の交通安全教室(警察庁ホームページより)昔はジープのパトカーがあったんですね!!とても懐かしい制服です♪